瞑想の準備

瞑想の準備

 それでは、これから瞑想に入る前の準備を説明しよう。
六法を調える
 瞑想に入る前には、まず六法を調える。
 六法とは。
 一、環境(場所)を調える
 二、飲食を調える
 三、睡眠を調える
 四、身を調える
 五、気息を調える
 六、心を調える


、身を調える、五、気忠を調える、六、心を調える、ことである。

環境を調える
 第一に、環境を調えることが大切である。
 最もよいのは、山岳、森林、海浜など、自然の景観がすぐれ、空気の澄んだと
ころである。
 山ならば、滝のあるところなど、最も理想的である。
 都会ならば、部屋はなるべく静かで清潔なところが望ましい。室内の調度・家
具など、簡素なほどよろしい。植物などを置くとなおよい。
 光線は、あまり明るすぎないほうがよい。カーテンをもちいる場合は、薄みど
り色か、薄いブルーがよい。室内の調度と窓外の眺めのバランスをとり、視神経
にソフトな調和をはかるべきである。
 気温は、あまり暑すぎたり、寒すぎたり、湿度の高いのもよくない。暑くて
も、なるべくクーフーや扇風機をかけないこと。そして、空気の流通によく往意
しなければいけない。
 以上は、「訓練の場所」という狭い意味での”環境”といったのであるが、広
い意味でいうならば、この輪廻転生瞑想法の修行をつづけていくことのできる生
活環境をつくり出すことである。いくら白分かその気になっても環境がそれを許
さない、ということのないよう、環境づくりをすることである。大酒を飲まな
い、喫煙をひかえる、というように、生活を規制することも大切な環境づくり
のひとつである。
食を調える

 第二に、食を調えるというのは、つぎのようなことである。
 六万は本来、身心の養いのためにするものであり、健康をたもち、充実した精
陣~活かIfるためのものである。
 その’ハめいには、適度の量と、体の助けになる質のよいものと、この二つがそろ
わなけい。
分白身の体内組織からとることを余儀なくされ、その結果、筋肉と皮膚が衰えて
くる。
 体内でタンパク質の燃焼が起こっているが、無傷のまま残った脂肪のために、
そうとわからないことが往々にしてある。つぎにアバラ骨が外から見えるように
なると、これはもう明らかにタンパク質不足である。
 だから、最も健康な菜食主義者には、卵・乳をとり入れた菜食主義をとってい
る者が多い。つまり、肉類はとらないようにしながらも、食事に卵と乳製品をと
り入れるのである。卵と牛乳は、最も質の高いタンパク質を提供するのである。
これらは、アミノ酸を完全なかたちで含む見本のようなものである。
 私は、これに加えてより完全な栄養を確保するために、菜食主義者のライフス
タイルに少量の魚と、ときには肉類の臓物をとり入れることを勧めている。
 ビタミンヨには、菜食していると最も不足しがちな栄養素である。
 また、メチオニンが不足する。
修行を助ける食事をとらなけれぱいけない
 前記のロジャー・ウィリアムズ博士は、よい健康を維持するだけではなく、ず
ば抜けた健康状態を可能にするための方法として、つぎのようにのべている。
 1、食事に変化をもたせて、広く牛乳や卵および乳製品、新鮮な各種の果物や
  野菜、魚や肉、そして穀類を食べあわせること。
 2、加工や精製の過程で栄養価値を損っている精製、加工食品を避けること。
  つまり、砂糖やキャンデー、純粋澱粉食品(菓子など)、アルコール飲料、ソ
  フトドリックその他、過程の差はあっても必須栄養素の含有量がほとんど
  無に等しい加工食品の摂取は、過度にならないように心がけること。
 3、これはいい食品で、あれは悪い食品という判断のできる”体の知恵”を育

ビタミンとミネラルのサプリメント(特定の栄養素を補うための食品のこと)
  栄養を々保険としてとること
行するのである。

睡眠を調える
 第三に睡眠を調える。
 人間は、仕事をし、はたらいて、活動したあと、かならず休んで体力の回復を
はからなければならない。睡眠は最もよい休息であり、人間が生きている上に絶
対必要なものである。
 しかし、健康な成人ならば、六、七時間の睡眠で足りる。もし眠ることが必要
度を過ぎて多いときは、かえって精神がふるわず、心を暗くする。しかしまた寝
不足であると、頭がぼんやりして集中できず、訓練に適さない。
 だから、かならず決まった時間に眠るようにして、節度を保ち、つねに気持ち
をさわやかにして訓練に入るべきである。要するに、寝不足にならず、寝すぎも
しない、ということである。
 
 第四に、身を調え、第五に、息を調え、第六に心を調えるのであるが、この三
つの条件は、ひとつに合わせておこなうべきものであるから、別々に説明せず、
ひとつの動作として、順にのべることにする。
身を調える
 身を調えるとは、われわれが正しい呼吸法を体得するために
は、まず休を。削しく調えなければならないということである
 この訓練をはじめる前から、歩くときにも立ち止まるときにも、動くときも静
かにしているときも、なにかをしているときでも、いちいちがみな注意深く綿密
でなければいけない。もし動作が粗雑であれば、息づかいもそれだけ乱れる。息
づかいが荒いと、心も乱れておさめにくくなる。呼吸法や瞑想のために静坐をし
ても、心が乱れがちで、落ち着いた気分にはなりにくい。
 だから静坐をはじめる前から、あらかじめ注意していなければならない。その
ように用心しておいて、いざ静坐をはじめようとするときには、なおよく身も心
も落ち着けるようなところを選ぶようにしなければならない。
 初めて坐るべき場所についたら、その場所にしっかりと落ち着かなければいけ
ない。つねに安穏にしていられるように心がける。そのためにはまさに坐る脚か
ら姿勢を正しくすべきである